1. 虫の声が聞こえるのは日本人とポリネシア人だけ
あれ 松虫が鳴いている
ちんちろちんちろ ちんちろりん
あれ 鈴虫も鳴き出した
りんりんりんりん りいんりん
こうした虫の鳴き声を「声」として認識できるのは、なんと世界中で日本人とポリネシア人だけなのだとか。
その事実を発見し、その謎を究明されたのが東京医科歯科大学名誉教授の角田忠信氏です。角田教授は1987年にキューバの学会に招かれたとき、偶然そのことに気がつきました。以下、著書『日本語人の脳』からの引用です。
まだキューバが“鉄のカーテン”の向こうにあって往来に大変な制限があった頃ですが、学会に招かれて講演したことがあります。西側からの出席者は私一人で、あとはソ連、キューバ、東欧圏の学者ばかりです。
ある夜、大きな庭園でパーティが開かれたんですけれど、もう草茫々で(笑い)、コオロギか何かの虫がしきりに鳴いている。それがザアザア雨が降っているような音なんですね。私にはそれが虫の音だということが分かる。ところが周囲の人間は誰もその音が分からないんです。「聴こえない」と言うんですよ。全然聴こえないと。ロシア人もキューバ人もみんなです。音に気づかない。私にとってはザアザアとあんまり情緒的な音ではなくて、うるさくてしょうがない。そう言ったら、案内をしてくれたキューバ人の男女が「先生はきっとお疲れなんです。早くホテルの部屋に帰って休まれたほうがいい」と言うんです。
帰り道に、ひときわ激しく鳴いている草むらで、「ここでたくさんの虫が鳴いているのが分からない?」ともう一度たずねて、二人で代わる代わる草むらに首を突っ込んで聴いてもらったんだけれど、それでも二人とも、「聴こえない」と言うんです。こんなことがあるのかと、もう私は本当にびっくりしました。
それから毎日その男女が迎えに来てくれて、一緒に行く道すがら、「これが虫の音だ」と教えていたら、三日目ぐらいにやっと男の人のほうが気がついた。虫の名前も知っていました。でも女の人はとうとう二週間まったく分からなかった。
この体験をきっかけに角田教授は研究を重ねた結果、日本語の音に、さらに言うと母音に秘密があることを突き止めました。以下そのポイントです。
- 人間の左右の脳にはそれぞれ得意分野があり、例えば言語は左脳で、音楽は右脳で処理している。これは西洋人も日本人も同じ。
- ところが、虫の音、風の音、川のせせらぎの音などを西洋人は右脳で処理するのに対し、日本人は左脳で処理する。つまり、それらの自然音を西洋人は雑音と同じように右脳で聞き、一方、日本人は言語と同じように左脳で聞いている。
- この脳の差異は人種やDNAの違いによるものではなく、言語の音、とくに母音に秘密がある。母音の音を西洋人は右脳で、日本人は左脳で聞く。ちなみに、日本語で育った外国人は日本人と同じようになる。
- 日本人が母音を左脳で聞くのは、母音が一つでも意味を持つという特徴があり(胃、鵜、絵、尾など)、また母音だけの組み合わせで意味を持つ言葉も多いためである(青、家、上、会う、言うなど)。
つまり、脳みそにとって、母音と自然音は同じカテゴリに分類されており、日本人はそれらを言語と同じように左脳で処理するため、虫の音を「声」として聴くことができるようなのです。
ちなみに、ポリネシア語も日本語と同じような母音の特徴があって、ポリネシア人も日本人と同じく虫の「声」を聴くことができるそうです。
2. ヲシテのアイウエオの意味
このことはヲシテのアイウエオの意味を知ると、とてもよく理解できます。
ヲシテでは、アはウツホ(空)、イはカセ(風)、ウはホ(火)、エはミツ(水)、オはハニ(埴=土)を表します。
また、ヲシテ研究の第一人者である池田満氏によると、アイウエオの文字の形は以下の状態を表しているとのことです。
- ア(ウツホ):気体
- イ(カセ) :冷たく降りる
- ウ(ホ) :暖かく昇る
- エ(ミツ) :液体
- オ(ハニ) :固体
水に喩えると、海の水が太陽の熱で温められて空高く昇って雲となり、上空で冷やされた雲は雨となって大地に降り注ぎ、そして幾筋もの川となってやがて海に戻る。ヲシテの母音というのは、母なる大地の循環するイメージを形に表しているのです。
縄文文字ヲシテはその後、漢字伝来とともに失われてしまいました。このとき、文字だけでなく音も失われていたかもしれません。しかし、当時の誰かが漢字をヤマトコトバで読む(要するに訓読みです)という大仕事を成し遂げてくださったおかげで、音だけは現代に至るまで残り続けました。これは本当に素晴らしいことです。ヤマトコトバの母音のおかげで、私たちは虫の音を「声」として聴くことができるのですから。
文責:与左衛門、協力:角大師
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