じつは、古事記には記載がなく、元のホツマツタヱには書かれている「導きの歌」という歌があります。それこそがこの神話の核心をなすものです。よって、それを欠いた古事記では、この神話の真相に決してたどり着けません。
そして、この歌は遥かな時を超えて、大変化と混迷の時代を生きる私たちに光をもたらすものなのです。
以下、ホツマツタヱ15「和歌のまくらことはのアヤ」の意訳となります。原文については古事記との比較も添えたPDFファイルを文末に掲載しましたので、ご参照ください。
諸神が集まって協議をしているとき、オオモノヌシが枕詞の由来を尋ねた。誰も答えられないのを見て、アチヒコ(オモイカネ)が「それは禊ぎの文に書かれてます」と言い、つぎのように話した。
イサナギとイサナミの二神はオキツボ(琵琶湖付近にあるナカ国の都)を拠点として国を生んだが、民の言葉はことごとく曇っており、これを直そうと考えて、五七調のアワ歌を作った。そして、前半24音をイサナギが、後半24音をイサナミが歌い、交互に歌い連ねてアワ歌を民に教えた。すると、民の言葉が調って、国も発展したことから、ナカ国の名はアワ国とも呼ばれるようになった。
男神イサナギは天を意味する「ア」から始まる前半24音、女神イサナミは地を意味する「ワ」で終わる後半24音、それらを交互に歌い連ねることは、陰陽の統合、天地との融合を表しています。
その後、二神はツクシ(九州)に行き、橘の木を植えて「トの教え」を説き、諸神はこれを受けて民を治めた。
二神はタマノ"ヲ”(魂の緒)を"と”とのえる(調える)アワ歌をもじって、宮の名を「“ヲト”タチバナのアワキ宮」とした。このときに御子が生まれ、モチキネ(ツキヨミ)と名付けた。
「トの教え」とは、初代アマカミ(古代天皇の称号)のクニトコタチが建国したトコヨ国の理念で、そのシンボルが橘です。
その後、二神はソアサ国(四国)に至り、サクナギの子のイヨツヒコに命じ、民にアワ歌を教えて言葉を習わせた。このため、イヨツヒコは自身の別名をアワツヒコとした。
その後、二神はソサ(紀州)に来て、宮を造り、静かに住まわれた。そこはキシヰ国と言い、橘の木を植えたのでトコヨ里とも呼ばれた。そして、先に捨てたヒルコ姫(ワカヒメ)を再び召され、花の下、民にアワ歌を教えた。
イサナギとイサナミの移動の軌跡が、アワ国(琵琶湖付近)→ツクシ(九州)→ソサ(紀州)の順序であることを記憶にとどめておいてください。

こうした中で御子が生まれ、ハナキネ(ソサノヲ)と名付けられた。ハナキネの人となりは、大声でわめき散らしたり、民が種を播いた畑にさらに種を播いて荒らす等、世にクマ(隈)をなしてばかりいた。母イサナミは身の置きどころがなく、世のクマを我が身に受けて、諸民の被害を償うほかなかった。
あるとき、ハナキネが御熊野の深山の木々を焼き、イサナミは山火事を除こうとして火の神カグツチを召喚したが、火に焼かれてしまい、まさに死の間際、さらに土の神ハニヤスと水の神ミツハメを召喚した。そして、イサナミの死と引き替えに、カグツチとハニヤスから新たに食糧の神ワカムスビが生まれた。
この箇所は破壊と再生を示唆しています。また、これが焼畑農業の起源です。
イサナミの亡骸は有馬(花の窟神社)に納められ、花と穂のときに祀りをするよう、ココリヒメ(イサナギの姉)が一族に告げた。
これまで夫婦で力を合わせて、陰陽の統合をあらわすアワ歌を教え広め、民を導いてきたイサナギは、妻の死をどうしても受け入れることができなかった。そこで、イサナギは妻のもとへ行って会おうとしたが、ココリヒメから「見てはいけません」と止められた。
しかし、イサナギは聞き入れず、岩屋に入り「悲しいゆえ来た」と言って、つげ櫛の歯を折り、それに火を点して見れば、亡骸には蛆がたかっているではないか。「なんと醜くて穢いことよ」とショックを受けて、足を引きずり帰った。
その夜また、今度はカミユキ(幽体離脱)して妻のもとへ行くと、イサナミは「現実を受け入れず、私を辱めるのか」と恨み、8人のシコメ(醜女)に追わせた。イサナギがエビカズラ(ブドウの古名)を投げると、シコメらはそれを取って食べ、さらに追いかけてくる。続いて竹櫛を投げると、これも噛み砕き、また追いかけてくる。そこで桃の木に隠れて、桃の実を投げたところ、ようやく退いた。
シコメには、エビカズラでは緩く、櫛はつげの木が良い。最も良いのは桃の実で、それをオフカンツミ(大いなる神の実)と名付けた。
イサナギは妻とヨモツヒラサカ(この世とあの世の境)で決別の言葉を交わした。
「麗しや、イサナギさま。あなたが私の死を受け入れないならば、日々、千の頭をくびることになりましょう。」
「麗しや、イサナミよ。それなら私は日々、千五百の命を生むことを約束しよう。」
ヨモツヒラサカとは生と死の間に置かれたカギリイワ(限り岩)のことで、これ即ち、チカエシ(道返し)の神と崇められた。
イサナギは、亡き妻を辱めたことを悔やみながら宮に帰り着いた。醜い穢れを濯ごうと、オトナシ川(熊野の音無川)で禊ぎをしてヤソマガツヒの神を生み、その曲がりを直そうとカンナオヒとオオナオヒの神を生んで、身を清めた。
火に焼かれたイサナミ、水で禊ぎをするイサナギが対照的な関係になっています。
また、私は、ここでいう「ヤソマガツヒ」は、死に対する間違った固定観念を表していると解釈しています。
その後、ツクシ(九州)のアワキ宮に至り、ナカ川での禊ぎではソコツツヲ・ナカツツヲ・ウワツツヲの三神を召喚し、これをカナサキに祀らせた。また、アツ川での禊ぎではソコワタツミ・ナカワタツミ・カミワタツミの三神を召喚し、これをムナカタに祀らせた。また、志賀海での禊ぎではシマツヒコ・オキツヒコ・シガの神を召喚し、これをアヅミに祀らせた。
ソコツツヲ・ナカツツヲ・ウワツツヲの「ツツ」には「底筒男」「底箇男」など、一般的に「筒」や「箇」の漢字が当てられます。しかし、私は「鼓」ではないかと思います。つまり、ソコツツヲ・ナカツツヲ・ウワツツヲとは航海の道標である鼓星(つづみぼし)、すなわちオリオン座のことだと思います。
ところで、神代(縄文時代)の頃に鼓なんてあったのか、と思われるかもしれません。調べてみると、鼓はインドで発生し、中国を経由して、日本には7世紀初めに伝わったとされています。しかし、それは呉鼓(くれのつづみ)と呼ばれていました。わざわざ「呉の」と付けるからには、それ以前から日本には「つづみ」があったのだと思います。

その後、アワ宮(琵琶湖付近)に至り、そこで「導きの歌」の詔を発した。
以前イサナギ・イサナミが二人で巡った順序とは逆に、イサナギ一人がソサ(紀州)→ツクシ(九州)→アワ国(琵琶湖付近)の順序で移動しています。これは「チカエシ(道返し)の神」を踏まえています。
「導きの歌」
陰陽の理に則り、私たちは夫婦で民にアワ歌を教え導いてきた。
別れは惜しいがその妻をあの世へ送った。
夫である私は、生ある者としてそこには行ってはならなかった。
しかし、私は行ってしまい、妻を辱めることとなってしまった。
それで、妻はシコメ(醜女)に命じ、私を追い返させたのだ。
この良し悪しを知って、私はヨモツヒラサカを、足を引きずるように引き返し、そして、この世とあの世を断ち割く器(限り岩)を挟んで、私たちは決別のことばを交わした。その後、私は禊により身と心を清め、気持ち新たに世を治めた。民の暮らしは整い、イヤマト-大いなる真のトの教えが浸透した。
葦を引いた千五百の水田には瑞々しい稲穂が実った。
カカン、ノン、テン。
アワ歌に込めた真のトの教えをナカ国の民に教え広めることで暮らしは豊かになり、アワ国と称して讃えられた。
さらにそれが各地に広がっていき、ヤマトとなった。「足引き」のつらい経験を「葦引き」「悪し引き」へと変えて、明るい葦原を生み出すことができる。
それが歌の持つ力であると、悟るがよい。
真のトの道が民に浸透する前の「あしひき(足引き)」の枕詞は、真っ暗(マクラ)な心を表す歌の種である。
「あしひき」は「山」、「ほのぼの」は「明け」、「ぬばたま」は「夜」にかかる種(枕詞)である。
また、「しまつ鳥」は「鵜」、「おきつ鳥」は「鴨」や「舟」にかかる。
この味わいを知ると、「ぬばたまの夜」という歌の枕詞は「覚めて明るき」夜明けをほのめかす前言葉になっていることが分かる。心を明るくするものが歌の道である。
また、禊ぎの道は身を明るくする。
この二つがヤマトの道というものである。
なんとすばらしいことだろうか。
ヤマトとは「大いなる真のトの教え」のことだと明かされています。
「トの教え」とは、「ト」のヲシテ文字の形が示すように、父なる太陽の恵みを受け取り、母なる大地とつながって暮らすことです。そして、「ヤ」のヲシテ文字は日が昇る形、「マ」のヲシテ文字は日が沈む形を表しています。
一方、「ヤマ」(ya・ma)と陰陽の関係にあるのが「ヨモ」(yo・mo)です。イサナギのいる肉体中心の物質的な地上世界が「ヤマ」とすれば、イサナミのいる時空を超えた霊的な地下世界が「ヨモ」(黄泉)です。「ヤマ」が良い、「ヨモ」が悪いということではなく、表裏一体となってこの宇宙が成り立っています。
もしかして「よもやま話」という言葉もこれが語源でしょうか?

また、「カカン、ノン、テン」は小・中・大の鼓の音を模したものです。それは、始まり(カカン)→発展(ノン)→繁栄(テン)→衰退→終わり→新たな始まり、という宇宙のリズムを表します。これが大いなる真のトの教えです。
イサナギは天空に輝く鼓星を見て、これを悟りました。そして、イサナミが「あなたが私の死を受け入れないならば、日々、千の頭をくびることになりましょう。」と言った本当の意味を理解しました。
イサナミは「あなたが死というものをネガティブに捉えるなら、日々千人が死ぬこともきっとネガティブに受け取ることでしょう。しかし、死は終わりではなく、新たな命の始まりなのです。破壊なくして再生はありません。それが宇宙の理(ことわり)です。」と言いたかったのだと思います。
今、私たちは大変化と混迷の時代を生きています。今後、さまざまなことが音を立てて崩壊していくことでしょう。それを「この世の終わり」とネガティブに捉えるなら、不安と恐怖と絶望の大波に飲み込まれてしまうでしょう。しかし、じつは、それは「新たな世界の始まり」なのです。それが宇宙の奏でるリズムです。夜は必ず明けるものです。それを信じて、この大変化の荒波を乗り越えていきましょう。
それが私たちに対するイサナギからのメッセージです。
ミチヒキノウタ(導きの歌).pdf - Google ドライブ
<追記>
「カカン、ノン、テン」の鼓の音は、始まり→発展→繁栄→衰退→終わり→新たな始まり、という宇宙のリズムを表していると書きましたが、さらに言うと、じつはヲシテ文字の子音のかたち自体も同様のリズムを表しています。

<追伸>
共同研究者の角大師さんが先日ハートの聖なる空間の瞑想をした際、日が昇るビジョンを視たと言っていました。日は必ず昇ると確信したそうです。
文責:与左衛門、共同研究者:角大師
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